diary

オチのない話を書いていく

20/10/21 変身

 今日は本を読んだ。何回目か定かでないが、カフカの「変身」を読んだ。それで少し考えたことについて書き記す。

 

 よく聞く言葉ではあると思うが、人間は大なり小なり変身願望を持つ。「かっこよくなりたい」「かわいくなりたい」という抽象的なものがポピュラーだが、我々オタクの嘆く「2次元に行きたい」なども広義には変身願望に含まれるだろう。

 全く関係ない話だが、僕は漫画「宝石の国」より”フォスフォフィライト”、正確には所謂”ラピフォス”とか呼ばれる存在そのものになりたいと思う。彼/彼女の精神はその身体より遥かに硬く、粘り強いからだ。無論その存在に成れたとて、精神性まで獲得できるとは限らない。僕は彼/彼女の顔に惚れているだけだろう。クズとでも呼んでくれ。

 

 人間のあらゆる機能は必要性から実装されたものだと過去の記事で話した。この「機能」には、消化器や神経系など実体のある器官により実装された機能と、精神活動によって実装される感情や慣習などの実体のない機能の両方が含まれる。人間の手指が精密な作業を可能にするような進化をしたのも、過去のどこかでそれが必要だったからだし、他人に嫉妬するのも生存に必要だったからだろう。(正確には、この論は間違っている。場当たりに様々な適応選択肢を同時並行で実装し、生き残ったものが持つ形質のみが伝承されていくため、無数の機能から必要なものが”残った”と表現するのが正しい。この辺はそのうち別の記事で取り上げたいと思う。)

 ならば、この変身願望も過去のどこかの地点で必要だったから実装されているはずである。

 

 「かっこよくなりたい」「かわいくなりたい」という願望は、己の性的魅力を高めることで、自分の種を残せる可能性を高めるためのものであると予想できる。「2次元に行きたい」については、低ストレス環境に身を置きたいという生命保持のためのものだと予想する。X理論Y理論の話はしないが、人間は己の生存に最適な環境を求め続ける習性があるのだと思う。

 だとすれば、変身願望は極めて自然な精神活動だ。どうやって獲得したかなど考える余地は殆どない。より高品質な生活を送るために、現状を絶えず更新していくための行動だろう。高品質な生活とは、すなわち死の可能性が低く種の継承が容易な環境だ。その環境の達成を周囲だけでなく己に対しても課すことで、劣悪な環境下でも生存の可能性を見出すことが出来るかもしれない。

 

 現代では、変身願望は様々な形で現れ、同じく様々な方法で満たされる。メイク、整形、コスプレ、近年ではVRなどもあるだろう。グレゴールは願望の域を超え、虫そのものになってしまってはいるが、彼はそれを以て抑圧から解放されることが出来た。あの話がグッドエンドなのかバッドエンドなのかは読み手によるだろう。

 変身願望は環境を含めた「理想の自分」を達成するための自己改善メカニズムだ。いずれ、願望を意のままに満たすことが出来るようになると信じている。人間は残酷にも核酸の繋がりで全てが左右される。ヒトの進化がまだ続くなら、きっとその恒久的なハンデさえも打破できるだろう。